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MORINOへGOLAへ ~ 音づくりの旅2008年6月 ドイツ NO4
私は、はるか日本を離れここドイツ、西南の高原の町、トロッシンゲンにいる。
アコーディオンの整備技術と調律を学ぶ立場から、今HOHNERの工場にお世話になっている。
448枚もあるリード群をいったいどのように削り、バルブを調整して音を作っていくのだろうか。数多くあるアコーディオンも1台1台でわずかだが違いがある。その性格の差は何によって生まれるのか。別な言い方をすれば、ある加工をリードに施すと、今までの楽器とはまた別な音色が生まれるのであれば私にとってはこれは貴重な楽器を再生するうえで、心強い技術になる。
彼らが行う音づくりとはどんな音だろうか。
彼らが行う音づくりとはどんな音だろうか。100年以上の歳月をかけ アコーディオンを作ってきた、そのメッカともいえる場所に私はいた。Hohnerの代名詞になっているシリーズ MORION とGOLA。 どちらもItalyからHOHNERに請われ、この地 トロッシンゲンで腰をすえて新しい楽器作りを行ったその人の名前である。そのMorinoさんも、Golaさんも使ったであろう年季の入った調律機をまえに、私は主任調律しエッケさんの傍らにいて、彼の調律を観察する。


MorinoさんもGolaさんも使ったであろう時代をへた調律マシン。
調律曲線をいれるのだろうか。高音部を少しあげるのか、低音部をさわるのか。隠し味のような想像もつかない秘蔵のアイデアがあるに違いない。いったいどんな調律が行われているのだろうか。
内側のリードを専用のリフターで持ち上げ、わずかに削る。そのリフターは私の使っているワイヤクリップ状のものと明らかに違う。平べったく、薄く、先がカールして いる。思うようにリードのあたまに引っかかってくれない。何度もやるうち私の額に汗が。直下にあるのはMORINO V(MMML)だ。高価な楽器だし変なことにならなけれ ばいいが。
中のリードに異音が出てくる! リフターで何度もすべって、また持ち上げる。キズがついたのだろうか。「ふ~む」と言いながらエッケさんがリードをとっかえる。私はブローボックスで音を出しながら、「インサイド、 少しあげて、アウトサイド少しさげる」とそのリードの調整法を彼に向かって答える。するとエッケさんが「YES」という。「インサイド? Very little」と注文がつくこともある。私が言い、エッケさんが答える。 一致すると私が削る。 鳴らす。「A Little」、「Too Flat!」と。日なが2人のかけあいが続く。
彼らの基準は極めて明快だった。隠し味は残念ながら無かった。あるのは、ピアニッシモの調整だった。特に左のバスの鳴らし方が顕著だ。
複数のマイスターと調律問答をする。
問わず語りに2つの話を聞いた。音律のことと、彼らの先輩であるMOARINO氏とGOLA氏のことである。調律に隠し味はない、とはいうもののそれは新品の出荷規準である。オーダーによっては独自の調律を行っているという。その1つがヴェルクマイスターをはじめとするいわ ゆる古典音律(J.S.Bachほか多くのバロック、ロマン派音楽家が使った音律の総称)である。現在、どのアコーディオンメーカーでも十二平均律で作られている。ただこの音律は転調しても調性があまり変わらず便利であるが、和音のにごりはなすすべもない。そこで3度、5度を純正とってにごりをなくす。コンサルティーナをはじめ一部の楽器 ではこの方法が標準のようである。現在の十二平均律ができたのは正確には、ドビッシーの時代からといわれている。年代にして1800年後半になってのことだ。まだ150年と少しのキャリアしかない音律である。
その前の時代、もちろんバッハにも、モーツアルトの時代にも十二平均律は無かった。バッハの「平均律クラビアー集」の「平均律」は誤訳とも言われており、実際には「よく調整された音律」という意味であるらしい。
最近ピュアな音楽ということから純正律はじめ協和度を重視する音楽が話題になっている。その一部の考え方がこういった古典音律に再び光をあてはじめた。そのナチュラルな響き、新鮮な感覚は私にとって大きな出会いとなった。
1932年と記載のある調律チェックシートが壁に貼ってある。
あのMorinoさんもこれで調律したかと思う。

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