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アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。 NO-1
イタリア・カステルフィダードはアコーディオンの故郷。私にとってもメッカ(巡礼の聖地) だ。なんと、そのカステルフィダードに私は足を踏み入れた。 念願成就! おめでとう!
2006年3月31日金曜日。その日、遅い朝をフランクフルト空港からミュンヘンへたった。 同じルフトハンザだが、フランクフルトから直行便ない。きれいだが、人気のないウィングでその便を待った。 目の前には飛行機はないようだ。バスで広いミュンヘン空港を走る。バスは小型飛行機のそばで止まった。 エッ~。何と双発飛行機だヨ。あのなつかしいいYS11かと思う小ぶりな飛行機だ。小さかろうが、貧相だろうが 乗り換えるわけにはいかない。Doromitiドロミティ航空だ。かわいい機体。 一路南にむかった。
ミュンヘンはもともと南ドイツの山塊、手前に位置している。いろいろあるドイツの中核都市のなかでも陽気さではNo.1. 愛すべきドロミティ双発飛行機が上昇してまもなく、前方に白峰が「ぎんぎらりん」、「ギラリンコ」の一大パノラマが広がった。 絶景だ。ジェットでなく低空を飛ぶ双発飛行機で、よかったと思った。双発のプロペラがぶるんぶるん回るのがウィンドウ越しに見える。 その下はるか数千メートルにアルプスの峰が、まるで箱庭のようだ。 きれいだね!うつくしいよ。 谷のふもとに放牧場が見えるぞ。氷河に削り取られた谷が鋭く切り立っている。手の届きそうな位置だね。 誰もよじ登ったことがないだろうあの氷壁。初登攀の壁は無限にありそうだ。


そういう私しゃ、今をさる20数年まえ、一介のアウトドア用具商として、北はスウェーデンからはじまってノルウェイ、 デンマーク、オランダ、ドイツ、イタリア、アメリカは言うに及ばず、はたまた所をかえて東京は神保町、新大久保、 池袋、新宿、またまた御徒町と、攻めまくったもんだ。 山にほれた山や。(世間では登山三昧のライフスタイル人間のことをヤマヤと呼んでいる)それしか能の無い、 愛すべき、ヤマヤ。すぐれた才能をもてあましているヤマヤ。 あのとき夜通し語りつくしたあのアルプスの針峰群が眼下にある。 少し昔になったアウトドアの時代を思い出しながらドロミティは快調に飛んだ。
アドリアの海は始めてみる海の色だった。緑がかった青色だね。 この先にははるかギリシャやエジプトやイスタンブールの海につながっているんだ。 機体は大きく弧をえがいてアンコナ-ファルコナーラ空港に着陸した。午後4時。
わが友、わが仕入先のイタリア・GABBANELLI社の社長兼運転手(人手がないので)のエリオが少し こわばった顔でほほえんだ。 「ボンジョルノ!」
やったね。ついにカステルフィダードに来ちゃったもんね。 おやっ! 連れに男もう一人いる。名前? 聞いたことあるじゃんか。バロンブルーニィ。そうさアコーディオン メーカーのあのバロンブルーニィの前のオーナーの家族だ。 幸か不幸か、頭のいい彼は法律家の道を選んだ。家業を売って、アコーディオンづくりはやめたんだって。 会ったその翌日、元アコーディオン屋は楽器にかえて六法全書を小脇にかかえ、USAはフロリダに行くんだって。 「てめぇ、こら、せっかくアコーディオンのメッカのカステルフィダードの名家に生まれてょ~、ご先祖が育てた栗毛ならぬ、アコーディオンブランドをポンっと投げ捨てだよ、なんでまた フロリダかよ?」。 「いやアコーディオンの商売はたいへんなんだョ。需要が減っちゃてね」とブローニィの説明を聞いていたら、 でてきました目の前に。
「あの山の上にある町が、そうさ」。目の前の小高い山の上にカステルフィダードの教会の尖塔がはっきりみえている。



 カステルフィダードは坂の町だ。狭い道が迷路のように走っている。900年代に造られたという石造りの城砦の町である。 その城砦を中心に同心円に、縦横に、とにかく迷路のように道がつづらおりに折り重なって続いている。 一番上の教会から、城門したのあたりまで高低さはゆうに100mはある。斜度20度か。元アウトドアマンは あやしくなったかつての記憶を頼りそう思った。
坂の町カステルフィダードは京都に匹敵する1000年にわたる歴史をもっている。 アコーディオンで世界に名をとどろかせたのが1900年頃あたりからだから、1000年ほどは全く静かな別世界であったのかもしれない。
挨拶をかねて着いたその足でガバネリ社の工場兼事務所に行く。 彼エリオは47歳。2人の息子をギリシャ人のかみさんと育てている。彼の父、ウンバロ・ガバネリは70歳半ばか。 一時期は20人の職工をかかえて繁栄したガバネリも今は、ウンバロ父ちゃんとエリオの2人だけだ。だから 社長といっても何でもやる。やらねばならない。運転手もやる。
その愛すべきガバネリの工場は、城砦都市カステルフィダードの第一城門のすぐ手前100mのところにある。前はBorsiniの工場だ。直線距離10メートル。 前方にアドリア海をみる高台の小さな工場で、毎日木をけずり、張り合わせ、固めて、研いで、また研いで塗装し、貼って、部品をとりつけ、リードブロックをセットして仕上げの磨きをしてしあげる。月に30台しかできない。 父ウンバロは10歳そこそこから家業のアコーディオンづくりをやってきた。もう60年もやっている。 「目をつむっていてもアコーディオンが出来る?」と冗談本気で聞くと、ウインクが返ってきた。彼のアコーディオンは音の明るさと深さで、数少ない生え抜きの熟練工だ。ここカステルフィダードにはもう何人もいないという。 GABBANELLIの楽器としてのかたちは角ばって、伝統的なデザイン。音質がいいと評判は高い。数が出ないのが家業にとどまっている原因なのだろうか。 彼のレプリカ「VENEZIA III MML 」はカステルフィダードの教会の尖塔とアドリアの海の色をイメージしたものだ。彼の弾くVENEZIA IIIの音色が石造りの壁を、天井を、工具のすきまををながれていく。80年の歳月をいとしむような深くしみこむ音だ。 (以降次回)

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